Mosquitoes regret

喪失と自責の記

尊厳

ALSの告知と同時に早期の胃瘻造設を勧められた。

最初の症状が食事中のむせ込みだったので、食事が進まなくなっていた。

「今なら1つ押えられる、月末に造設手術の予定も入れられる」

主治医には言われていた。

 

だが、夫は胃瘻を拒否した。

私はネットで調べたり、同病家族から胃瘻の情報も少しは得ていたが、入院して私ともほとんど会えず、スマホも充電さえしなかったりした夫が、胃瘻がなんなのか知る訳がない。

まずそれを本人に説明し、ポピュラーなものである事を、写真や絵も入ったパネルでわかりやすく説明してもらった。

 

でも、やらないの一点張りだった。

理由を聞いても「やらない」それ以上を語らない。

もしかしたらもう、言葉を探し当てて上手く表現する事が出来なくなっていたのかも知れない…

退院まで数日ある、と言ってもほぼ会えない、話し合えない。

認知症がある場合は、御家族が決めて下さい」と迫られた。

認知機能が低下していたとしても、そこまでハッキリと拒否する夫を無視して頭ごなしに「とにかく胃瘻にして下さい」とは、私には言えなかった。

「本人の希望を尊重して欲しい」

「それが御家族の決定と言う事でよろしいんですね?」

念押しされた。

 

退院時に聞いたが、看護師も熱心に怖い施術ではない事、普通に皆やってる事と説得してくれた様だが、夫は一貫して拒否だったそうだ。

「夫さんはそう言う人だと思う、随分しつこく誘ったけど…」そう言って目を潤ませてくれた、説得を試みてくれた事も、そう言葉を私に掛けてくれた事も、とてもありがたかった。涙が出た。

 

胃瘻をしないという事は

「最期は栄誉不足(餓死)か、誤嚥性肺炎か、窒息、と言う事になりますよ」

主治医にハッキリ言われたのだ。


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あの時、私が泣いて縋って「お願いだから生きていて!胃瘻になっても!呼吸器になっても!」と言っていたら…

夫は本意ではなくても胃瘻を選んでくれただろうか…?

そもそも、それを望んでいたのでは…?

私が泣いて、生きていてと頼まなかったから、夫は…

そう思うと、胸の中にドス黒い渦が広がる…

私は非道い妻だ…人殺しだな…

 

私は息子の事を考えたのだ。モスキートだから…

胃瘻と呼吸器で、この先どれくらい夫は寝たきりで過ごすのか…

経済的に、私の体力的に、精神的に、ゴールまで並走出来るだろうか…

夫を在宅介護しながら出来る仕事を探さなくては…

そんな生活の中で、息子は結婚したいと思った時に出来るのだろうか…

 

そんな事は愛情があれば関係ない、どんな姿であっても、たとえ本人が苦しくても、生きていて!と望むもの…だとしたら、私は夫を愛していなかったのだろう…

 

でも…

夫は、私の父が入院して胃瘻にしたのも見ている、その最期に間に合わず泣いた私の事も見ている、少し前に脳梗塞で入院した夫の母親が意思疎通出来ずに経鼻管にして、手を拘束されている姿も見ている…

元気な頃「オムツなんてされたらボケずになんて居られないよなぁ…」とも言っていた…

普段からプライバシーとデリカシーを重んじる人だった。

 

彼自身の『尊厳』を思った時、どんな姿でも生きていて欲しいと、例え私が心底そう望んでいたとしても、それを強要するのは自己満足ではないか…

 

今も苦しい…

あの時、「生きていて!」と泣き叫んでいたら…

そうしなかった自分の醜さとこの先も付き合っていく…


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